遠吠えシャッフル

はじめてバイクに乗った時、私はたぶん5歳か6歳だ。父の運転するHondaスーパーカブの後部座席だった。冬だった。鳴りやまぬ耳元の轟音。ガタガタ道。転落してもおかしくない程の、全行程ホッピング状態。鉄工所を営んでいた父の背中からは鉄の匂いがした。しかしこの時の記憶はこれくらいしかない。育児放棄の母に代わり父は私を、出来る時はいつもそれが仕事中でも側に置いた。溶接の赤い火花、コンクリートのパレット。そして何にも増して私を虜にしたのがこのスーパーカブでのお出かけなのだ。スーパーカブの後部座席は、まだ幼い私をスピードと風切り音の只中へと連れ去ったのだ。ひとかかえ程のエンジンメカニックの小宇宙、私のモーターへの憧れはこのようにして始まった。

いや、はじまりはしなかった。すでに脳の不調を抱えていた私は普通免許の取得が叶わなかった。それでも原付免許をとり、実際にバイクに乗れる状況までに27年かかった。子育てがひと段落し、自分で小銭を稼ぐようになり、猛反対する夫を無視して中古のモトクロスバイクをローンで買った。今はもう販売していないHondaMTX50Rだ。5段変速。赤い。カモシカみたいないかしたバイクだった。

信号待ちでのトップスタートの時の緊張を今も忘れない。50ccだけれどすぐに60キロオーバーしてしまうので本当はいけないんだけれどキープレフトなどしたことはなかった。胸にひとかかえのモーターエンジンが私を何度も励ました。何かのことでへこんでいても、ひどい失敗があったとしてもひとたびバイクで発進すればすべて初期化された。行けるぞという声がした。

さまざま事情が重なりこのバイクは廃車となった。

あれから十数年がたっている。

そもそも体育会系の私は最近ジョギングのその先にスポーツバイクを目指し始めた。自転車。ロードバイクだ。

ジョギングはせいぜいが一時間。もっと走れるというところで終わる。年齢もある。膝や股関節を壊してからではもともこもない。自制が必要だ。

腕立てをしたり、普段から階段を使ったり、ジョギングをはじめてから筋力を意識し始めた。近所の山にも登る。走れるところでは走る走る。体を動かすことは本当に楽しい。

スポーツバイクのメリットは長時間体を動かせることだ。

ううん。本当はメリットなんてよくわからない。何がいいのか自分でもわからない。乗りたいのだ。ただそれだけなのだ。前傾姿勢とスピード。風を切ってコーナーを回る。だただた前方へと進みたい。それだけなのだ。

そうやって正直に話したことが災いしたのか、夫は反対している。危ない。

夫と私の共通の友人にロードバイクでツーリングをする男性がいる。彼ならわかってくれるだろう。

しかし彼も言うのだ。危ない。

なんで?

ていうかそもそも私という人間が危ない?

ひとつには自宅周辺は坂が多いということだ。転倒したら、と夫はそればかり繰り返す。車道は危険だとその一点張りだ。

昨日の夕方、ツーリング経験者の例の友人が折りたたみスモールバイクの雑誌を持ってやってきた。彼の提案が夫を動かした。まず車で自転車をサイクルロードのある景勝地へと運ぶ。そこは乗用車と並走することも一切ない、琵琶湖とか浜名湖とか伊良湖岬とかそんな場所だ。そこで思い切り乗るのさ、楽しいぞ。友人は斜に構えてメンチを切った。

友人はアルミフレームがどうの、ハンドルがどうの、タイヤはすぐにはパンクはしないとうどんをすすりながら語り続け、夫の心を徐々に動かした。

私は少々腑に落ちないとはいえ、自転車ドリームの前進を喜んだ。

友人が私に言う。

こんど俺のコルナゴに一度乗らせてやる。

コルナゴって何?

フェラーリだぜ。

自転車にフェラーリなんてあるの?

まあそんなもんだ。

でも 足の長さ、と言おうとして私は考えた。変わらないかも。うん!

 

ということで夫は今日も自転車のカタログを夢中で見ている。考えてみればこの人になにかあったら私は面倒を見なくちゃいけない。夫がロードバイクに乗ることを考えた私はやばい!危ない!と一人うなずいた。

夫もこんな気持ちなんだな。きっと。

大人になるってこのことかな。

ああ早くフェラーリ乗りたいな~!