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小沢健二’愛し愛されて生きるのさ'


大泉洋の「騙し絵の牙」を観た。詰まらなかった。よかった場面を探して思い返してる。そのうち浮かんでくるかなあ。


数日前親戚の子(もう大人なんだけど笑)にお願いして、小さな本の作り方を教えて貰った。こう折ってここ切ってこうやって、ハイ。手の中に入る小さな豆本が出来た。その夜は豆本を何冊も買う楽しい夢を見た。


高校時代私には憧れの同級生がいた。彼女は読書家でありまた作家でもあった。彼女の愛読書は埴谷雄高(はにやゆたか)であった。私は埴谷雄高は1行も読まなかった。


埴谷雄高は苦手だが彼女のことは大好きだった。地味で控えめ。誠実。堅実。几帳面。彼女と旅行をしたりご飯食べたりすれば埴谷雄高を読む必要はないと私は思った。


本て何だろう。本は本に関わるその人間を表しているのかもしれない。私はルーズリーフで折り紙のように作った豆本にピンク色の万年筆で文字とイラストを書きたいんです。ポケットの中に入る本。あまり沢山の文字のない、極めてeasyな本。


大泉洋の映画が詰まらなかったのは私が大泉洋を好きだからだなあ。あれを当て書き?痛くも痒くもない場所にいていったい何をうみだせるんだろう。探偵はバーにいるんだよ。殴られてでも依頼人を守るんだよ。わかってないなほんと。やだやだ。


(*)本文と写真は関係ありません。