犬を拾いました

一週間前のことになるが犬を拾った。

わたしと若い友人とは都市公園の駐車場に車を入れ、丁度降りたところだった。見ると交差点の真ん中あたりに一匹の犬がいた。白い。小さい。

ぱっと見は子羊のよう。ん?わたしは目を見張る。幸い交差点内に車は無く、わたしは犬に走り寄りアイコンタクトを取り小さく手招きをした。すると犬は一目散にわたしに向かって駆けて来た。わたしは犬を抱いた。

全身が薄汚れたトイプードルだった。

犬がわたしに喉の渇きを訴える。なんかそんな気がしたのだ。友人にその旨を告げると水ならあるとバッグをゴソゴソとやり始めたがこの種の犬はウォーターサーバーからでなければ水を飲めないだろうからわたしは車で数分の自宅へ連れて帰ることに決めて素早く犬を後部座席に乗せた。

あとで聞いたことだが友人は自分の車に犬など乗せるのは本当は嫌だったらしい。しかしどうやらわたしが全く意に介さず、否が応でも、有無を言わせずその時汚れた犬を座席に放り込んだと言う。

自宅の風呂場で水を飲ませた。猫用のリードを探す。再び公園に戻る。我々は犬が放浪していた交差点付近を犬を連れて少し歩いてみた。首輪はしている。散歩中に逃走したのであればいま飼い主はこの犬を探している頃だ。しかし我々はそれらしい通行人には会えずにいた。それでわたしは通りかかった中年の男性に声を掛けた。

男性は見たことが無い犬だと、迷い犬ならば警察だ、トイプードルは高い犬だ、高額の拾得物扱いだと理路整然としていた。なるほど。わたしはここから一番近い交番は何処かと頭を巡らした。

友人はちょっと待ってくれ、と後部座席に古新聞を敷き詰めた。へぇー古新聞なんて積んで走ってるの。わたしが感心して言うと友人は動物臭が気になると言って窓を開けた。新緑の山路を風が渡り、ひと息で車内に爽やかな空気が吹き抜けた。

トイプーはいつもこうしていると言う感じでシートに伏せをしている。見て見て、可愛い。わたしが声を掛けても友人は黙っている。交番に着いた。わたしはトイプーを抱いて降り、交番のドアの前に立った。

中へ入る。交番といっても大きな建物だ。カウンターで呼びかけてみるが誰もいない。そんな時はこれでコールせよと電話機があったので、わたしはトイプーをコンクリートの床に降ろし、リードを持ったままで受話器を取る。友人がリードを持つよと手を差し出したので渡した。2坪ほどの交番内を友人がトイプーに引きずられ歩き回るのを見ながら、わたしは電話で本署の警官と迷い犬の扱いについての討議を始めた。

わたしは警察が苦手だ。

警察官が嫌いなのだ。

きっと警察官もわたしが嫌いなのだろうなといつも何処かで感じている。

わたしの両親や親戚は警察のことを交通課のNとか、総務課のHとか個人名で呼んでいた。警察を総称する時はいつも「おまわり」だった。たぶん警察との関わりが多かったのだろう。そしておそらくわたしたち一族担当の署員が居て互いにお馴染み同士であったのだろう。

ある時父が酷い酩酊で車を壁にぶつけたことがあった。事故現場では交通課のNが父を怒鳴りつけていた。Nは事故処理が面倒だとわたしに来週開け迄に適当に相手方と示談をまとめておけ、と命令した。

わたしはその時20歳でもう子どもでは無かったけれど、あれやこれやで毎日は多忙を極めており、示談云々はうんざりだ感じて週が明けてからそれをNに電話で伝えた。Nがその時何と言ったか。どうしてかな。全く覚えていない。父は相当怒ってわたしの髪を引き摺り廻して暴れた。しかし一方わたしは益々強情になり警察署へ出向き、市民の酒気帯び運転を取り締まらないとは何事かとカウンターで厳しく論じて警察官たちを怯ませたのだった。

貴女が家で犬を預かってくれるとたすかるんですよね。

電話口の警察官がやんわりと言う。

これは高額拾得物扱いですよね、書類はいいんですか?わたしは出来るだけ優しい言葉遣いで話すよう努めた。電話の向こうの警官は若そうだ。

聞けばこの辺りで事件があり、交番は何時間も留守になると言う。

わかりました、わたくしがお宅に伺いまして、拾得物の書類を書かせていただきますので。電話口の若い警察官が言った。

結局犬は首に付けたマイクロチップで飼い主が判明し、一時間後、飼い主が引き取りに来た。

トイプーとの別れが辛い。真っ黒な瞳でわたしを見つめるトイプー。胸にぽっかり穴が空いちゃってさ。わたしは友人につぶやく。

ドSなのに?友人が笑う。

え、そうかな。

後部座席に古新聞を敷いたまま、我々はカフェを目指して車を走らせる。

あ〜、トイプー可愛いかったなあ〜