堀田誠「ロティ・オランの高加水パン」

「ロティ・オランの高加水パン」がようやく図書館の本棚に戻った。速攻借りる。コントレックスとはミネラル分の多い硬水のことらしい。硬水ではなくコントレックスとあるのにはきっと何か訳があるのだろうけどそこのところはわからない。わからなくてなにより。わからないことがあればしばらくは生きてゆける。

イベントが続いたので脳が疲れている。始まりはヨモギ餅だった。仲良しの友人からメール。おい、ヨモギ餅を丸めようぜ。彼女は毎年春になるとヨモギを獲る。ヨモギは茹でて冷凍。去年のヨモギを解凍して餅に混入し丸めて食べるのは新しいヨモギを獲る前の彼女の儀式なのだ。春の到来なのだ。しかしわたしは毎年疑問である。何故取り立てのフレッシュヨモギで餅を作らぬ。そして何かを丸めるということがいちじるしく苦手なわたしは戦力外ではないか。

彼女曰く気持ちが丸くなくっちゃ餅は丸められん。

へい。おっしゃる通り。

餅つき機の中では緑色をした攻撃的に熱く悩ましいほど柔らかいやつがぶんぶんと唸っていた。春の芳香が素晴らしい。そしてヨモギ餅はいつだってヤミーだ。

数日後別の友が訪ねてきた。お茶菓子に悩んだ。実はヨモギ餅の友人の大好物が黒糖蒸しパンでわたしは餅と格闘しつつ黒糖蒸しパンのことが頭から離れなかったのだ。

よし。

わたしはるんるんで黒糖蒸しパンを作り始めた。これは時間差攻撃ではないか。今日やって来るのはオイルサーディンやドイツパンなんかを常食とするセレブリティーだ。でもどうしても作りたかったのだ。

wetは水。多めの水。粉、黒糖、水、PBだけの素朴な蒸しパンだ。わたしは蒸しパンの正解はこれだと勝手に決めている。セイロにペイパーを敷く。生地をぼたぼたと落とす。しっかりと蓋。百度の蒸気が最初の数分でドロドロをふわふわに変えるのだ。楽しい。楽しすぎる。

いいものあるよ。玄関で友が紙袋から取り出したのはカンボジア産のココナッツシュガーペーストだった。

おお。おおおお。

我々はニッポンの黒糖蒸しパンにカンボジアのペーストを付けてハグハグ食べる。やっぱ蒸しパンよね〜。セレブリティーご満悦。カンボジアのヤシ蜜はカンボジア帰りの知人からのお土産らしい。その老夫婦は現地でヤシ蜜作りを目の当たりにし、そのワイルドな光景に圧倒されヤシ蜜をひとくちも食べられないという。セレブリティーは言う。あたしは平気よ。アンチエイジングよ。おいしいじゃないの。まあ虫でもなんでも食べたったらええねん。

その翌日は若い友人がやって来た。5歳のために英語の手描きカードを描いてきてくれた。食パン、人参、ラーメン、バナナ。どれもかわいいお顔がついていた。しかし何故だかバナナだけが不機嫌な表情だった。

なんで?なんでバナナ怒ってんの?

え。だって〜バナナですよね〜。バナナって怒ってませんか〜。

彼女は満面の笑顔で返す。まあそう言われればなんとなくそんな風にも思えてくる。

甘い〜。

ココナッツシュガーペーストを彼女がひとくち舐める。いつ走る?いつにしましょうか。我々は走り屋だ。来年の春にはハーフマラソンに一緒にエントリーする計画だ。あたしトレイルランニング始めたよ。本当ですか。

とうとうだ。決行だ。長女が野菜室からブツを取り出した。

長女の人生初酵母は苺酵母。1パック198円の激安苺だったが見事にシュワシュワとなりめでたく今日の仕込みを迎えた。

あたしひとりでやるからママは手を出さないで。と言わんばかり気迫を漂わせ、後ろに一周させたサロンの紐を臍下できゅっと結ぶ。そうか君は実は板前だったのだね。わたしは目を潤ませた。

長女がパンを捏ねている。ねえママ見て。こんなにいい子だよ〜。ベタつきデットポイントを乗り越えた長女が嬉しそうに言った。

何かが始まったようですね。わたしと5歳はそっと台所を後にした。